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ちょっと思う日々のこと

ごぶさたしております。

最近は展覧会や仕事関係の告知があるときの更新ばかりで、すっかりこの日記を怠けております。

月1のペースに、、、。

 

今日はちょっと思うことを、久しぶりに書こうと思います。

 

1日が24時間ということは昔も今も未来も変わりませんが、歳を重ね、体も変わり、気持ちも変わり、暮らす環境も変わると、時間の経つスピードや、時間の使い方が変わって来ています。

以前はバリバリたくさんの仕事をこなし、家事もし、ネコさんたちのお世話もし、そして毎日のようにこのブログを書いておりました。その体力、気力はどこから生まれていたんだ??と、今50歳の私は驚きます。

 

今は、朝起きてまずネコさんたちにごはんをあげ、そのあと白湯を飲んで腹式呼吸を10分程度。ラジオ体操(しない日もあり)。

洗濯機を回しながら、40分〜1時間くらいの散歩。

家のすぐ側は低山で(家のある場所自体が金沢の山の方)、その中を流れる用水沿いの遊歩道で野鳥の歌声やいまはセミの声を聞きながら、いろんな花や木や虫たちを眺めながら歩いています。

毎日ちょっとしたハイキングをしているようで、以前のような「山に行きたーい!」という衝動がなくなってしまいました、笑。

汗だくになって帰宅後、野菜ジュース(それが朝ご飯)を作って飲み、洗濯物を干して掃除し、いろいろ家のことをやってから早めの昼ご飯を作ります。

そのあとは、仕事や展覧会があるときは制作。

そんなに忙しくないときは、少し庭仕事。

庭には親が家を建てた時からずっと植わっている木々がありますが、もともとあった灯籠や岩は処分したので、その場所に新しい木を植えたり、裏庭に続く日陰の場所も耕して、日陰でも育つ植物たちを植えました。

そういう庭での作業が楽しくて、仕事が忙しくなければずっとそこにいられるくらいです。

おかげで日焼けして黒い人になっています。

しゃがんで作業しすぎて、膝や腰が痛くなったりもするので、ほどほどにしなければと反省もしながらやっております。

そして、晩ご飯の支度。

食べてお風呂に入って、寝る。

そんなおだやかな時間が、とても幸せだと思う日々です。

 

その時間の中に、PCに向かう時間、iPhoneでツイッターやフェイスブックを見たり書いたりする時間が、最近なかなかうまくとれなくなって来ているのを感じています。

どうしてなのかしら、、、歳を重ねたことで、そういう画面を見るより外の景色を見ている方がよくなってきたのかもしれません。

老眼も進んでますしね。

そして、以前はたくさん読めていた本が、最近はあまり読む時間がないのがずっと悲しく思っていました。

 

そう、同じ24時間でできることが年々少なくなってきているんだわ、それが50歳を迎えるあたりから顕著に感じたことでした。

 

自分が持つ時間をどういうふうに使うか、どうしたら自分が一番心地よく過ごせるか。

そのことを最近ずっと考えていました。

 

 

絵を描きたい。

絵を描く仕事をしたい。

そろそろ作絵の絵本をちゃんと作りたい。(何年もお休みしてました)

庭仕事をしたい。

本を読みたい。

家のこと(家事)はきちんとやりたい。

 

これが大優先したいことです。

そして、いまの私はそんなにたくさんのことを器用に同時にはこなせません。

 

 

そんなわけで、このブログは最近そうなってきてしまったように、告知がメインのものになると思います。

日々の仕事以外のこと(ネコ、植物など)で何か人に発信したいことは、ツイッターとinstagramで主に載せています。

これは短い言葉や写真だけで簡単に書けるので。

そして、ネコや花の写真は誰かに見てもらいたくなるし、笑。

FaceBookもやっていますが、instagramと連動した投稿が多いです。

お友だちの投稿を全部ゆっくり読む時間がなくなっているので、流し読みするのも失礼だし、読んでもいないのに「いいね!」を押すのは、私には向きません。

FaceBookも仕事の告知など以外は、今後ときどきしか書かない可能性が高いです。

 

もしも、以前ここで書いていたネコのこと、日々のこと、楽しみにしていてくださった方がいらっしゃいましたら、ツイッター、instagramでフォローして読んでいただけると幸いです。

 

ツイッターは「とりごえまり」でやっています。

instagramは https://www.instagram.com/torigoemari/?ref=badge 

 

 

たまに、突然告知と関係ないことも書くかもしれませんが、そのときは「いまはひまなのね〜」と思って読んでいただけたらと思います。

 

 

 

 

最近はずっとやってみたかった睡蓮の栽培を始めました。

高価な陶器の睡蓮鉢はあきらめて、プラスチックの鉢に睡蓮を植え、メダカを6匹入れました。

水があると、蚊が卵を産んでボーフラが発生してしまうため、それを食べてくれる役割としてメダカたちを迎えました。

残念ながら最初についていた蕾は咲かず(日の当たり方が少なかったのかな)、しかしメダカがどんどん卵を産んで孵化しているため、赤ちゃんメダカが増殖中です。もう数えられません。。。。

メダカ鉢になりつつあります。

庭に住んでいるアマガエルのちびっ子たちが、ときどき睡蓮鉢で泳いでいるようです。

 

そんなちょっとした幸せなことも、ツイッターとinstagramには載せています。

 

 

興味のある方はのぞいてみてください。

 

 

★私も夫も4ニャンも、魚たちも元気です。

 

 

 

 

| ちょっと思うこと | 14:44 | - | - | pookmark |
目と耳から入ってくるもの
ベランダにメジロさんたちがやってくるようになってから、近所の道を歩いていてもメジロたちに会うようになった。
「ピーッ」という鳴き声を聞いて、『あっメジロだ!』と上を見上げると木にとまっていたりする。
そうか、メジロはこんなにたくさん近くにずっといたんだな…と知る。
いままでいなかったわけではなくて、わたしが気付かなかっただけなんだ。

意識が変わったり知識が増えたりするだけで、目に入ってくるもの、耳に入ってくるものがこんなに変わるのだなあと思う。


きっとまわりにはまだまだ気付かないきれいなもの、かわいいもの、いろいろあるんだろうな。
それらに出会わないともったいないね。

目を開こう、耳をすまそう。





本日メジロさんはなぜか来ておらず、ミカンがさみしそうにひからびていく。
明日は来るといいなあ。




| ちょっと思うこと | 15:58 | - | - | pookmark |
必要なもの
もう12月ではないですか!

今までの普通の一年とは違う、いろんなことを考えた今年。
いつのまにか残すところ一ヶ月あまり。

ここのところ、毎週末プチ大掃除をしている。
掃除、というよりも物の整理。
いるものといらないものに分けて、いらないものは捨てるか売るか、譲る。

「これ、いるかなあ」
と考える時の気持ちが今年はいままでとちょっと違う。
今までは、何事もない平穏な毎日は永遠に続くと信じきっていて、「いつか使うかな」の『いつか』はずーっと先のことであったりした気がする。

でも、いつ何が起こるかわからない、と知った今は、明日何かが起こって今と同じことをできているとは限らない…と思うようになった。

『今』暮らすために必要なものだけあればよく、先のことはまたそのとき考えて、ほんとに必要なものだけをそのとき手に入れればよいね、と思うようになった。
今快適に暮らせて幸せであるために、必要かどうか。

すると、部屋の中にはいらないものがいっぱい。
これも、あれも、それも…。


何かを買う時も、使う最低限のものだけ、買うように心がけなくてはね。
ものがあふれすぎてます、この国は。


ところで、世間の流れについていってないわたしは、『断捨離』というのがはやっていると最近知った。
それも結局こういうことなのかな。






ネコさんたちは、寝る場所と食べる場所があれば幸せそうだ。
自分を着飾る洋服もいらないし、ごちそうに無駄なお金を使う事もない。
見習うところがいっぱいあるねえ、ネコさんには。




| ちょっと思うこと | 23:29 | - | - | pookmark |
蜂と神さま
3.11のあと、『こだまでしょうか、いいえ、誰でも。』という詩でとても有名になった詩人、金子みすゞさん。

この方の詩で、わたしが一番好きなのは『蜂と神さま』という詩。
これを読むと、胸がぎゅーっとなります。
今はとくに。



『蜂と神さま』

蜂はお花のなかに、
お花はお庭のなかに、
お庭は土塀のなかに、
土塀は町のなかに、
町は日本のなかに、
日本は世界のなかに、
世界は神さまのなかに。

そうして、そうして、神さまは、
小ちゃな蜂のなかに。





ニンゲンみんながこういう気持ちをなくさずに生活ができれば、きっと、みんなが幸せでいられる安心な場所になる、そんな気がします。





| ちょっと思うこと | 10:30 | - | - | pookmark |
ベジタリアンではありませんが…
今日は午後から、続けて4つの打ち合わせ。
全く別の内容の仕事の話を違った方々とし、それぞれのスケジュールがはっきりしてきて、『いや〜、どうなるんだろう、わたし…』と、ハラハラを通り越して笑いたくなってきた。
ま、どうにかするしかない。

さて、前置きはこれでおしまいです。



今日、枝野幸男官房長官は記者会見で、東京電力福島第一原子力発電所から20キロ圏内の警戒区域にいる家畜について、殺処分を指示することにしたと発表しました。
所有者の同意を得たうえで、苦痛を与えないように「安楽死」させる。指示は原子力災害対策特別措置法に基づく。・・・ということです。

今回の家畜についても、ペットとよばれる動物たちについても、もう何度泣いたことか。
あまりにもひどい対応です。
国の対応がもっと早く、最初から動物の命を守るために動いてくれていれば、家畜たちを安楽死させなければならない現状までは至らなかったかもしれない。
動物の命に対してこのようなあつかいをする国は、人間のことも大切にしてくれないのではと思います。
人間は一番優れていて一番偉い生き物だと思っていることが、これら全てを引き起こしたのでは、と感じています。

わたしは、ベジタリアンではありません。
ただ、子どものころからあまり肉が好きではなく(鶏肉や赤みの肉は食べられます)、いまは肉をあまり食べずに豆製品や魚からタンパク質をとった方が、体調がいいとわかっているので、我が家の食卓ではそんなにひんぱんに並びません。
でも夫が肉を好きなので、まったく食べないことはなく、その時はわたしも食べます。
ネコは肉食なので、ササミを買ってゆでて与えているし、キャットフードの原材料にも肉が使われています。
だから、肉食を否定する気持ちはありません。

でも、思うのです。
肉を食べるという事は、人間のために命をなくした動物がいることを忘れてはいけないし、本来は安くたくさんの肉を食べるために、無謀な繁殖もするべきではない。
自然に産まれた数の動物たちを、貴重な、高価なものとして、ときどきありがたくいただくのが、本来の形ではないだろうかと。
昔はそうだったのではないでしょうか。
こんなに安く、焼き肉を食べられなかったのではないでしょうか。
牛乳も、卵も。

昔は、刈りで捕らえた動物を、個人でさばき、食べたのだと思います。
庭で飼っているニワトリの首をキュッとやって、食べたという話もききます。
なんて残酷な・・・と思っていましたが、その殺す瞬間を平気だと思うはずはないと思うのです。
だから、きっと頻繁に殺して食べなかったのではないかと思います。
そして、ごめんね、ありがとう、いただきます・・・という感謝の気持ちを持って、いただいていたのではないでしょうか。
いまは、殺す仕事、切った肉にする仕事は別の人。
その現場を見ていないから、食する命の大切さをみんな忘れてしまっているのではないでしょうか。

わたしが、肉をそんなに好きではないから、思うのかもしれませんが。


命をいただくという、その気持ちを忘れていない世の中だったら、今回のような事態がおきなかったのかもしれないなあと、ここのところずっと思っていました。


やりきれない気持ちがいっぱいですが、今回「家畜たちかわいそう」と感じた人がたくさんいて、何か変わるきっかけになったらいいなあと思います。

昔に全部をもどすことは難しくても、少し戻して行く事はできないものでしょうか。








| ちょっと思うこと | 23:19 | - | - | pookmark |
知ること、考えること
世間ではゴールデンウィークのまん中あたり?
いや、もう後半なのだろうか?

我が家はあまり関係ないため、いつも通りなのであるが、一歩外へ出るとそのお休みな空気が伝わってきて、いまひとつやる気に欠ける。
あぁ、でもお仕事もあるし、他にもやることいっぱいだよなあと考えるとどきどきしてしまうここ数日です。


まだまだな被災地の状況や、そこの動物たちの命のことや、これからの日本のことを考えると、どうしたってウキウキした気分にはなれない。
かといって、自分のやるべきことや日常のことを大切に生活しなくてはならないので、くよくよするのもよくない。

いっそのこと、面倒なことや悲しいこと、不安なことから目をそらしちゃおうかなあ・・と弱気になる日もある。
そうしたら、どんなに楽か。

でも、いま起こっていることを、ちゃんと目を開いて見て、目をそらさず、耳もふさがず、自分はどう思うか感じるかを受け止めることは、やっぱり大切だよなあと思い直す。

真実を知って、向き合うか、向き合わないかで、これからの自分の生き方が変わるような気がするのですよ。

だから、向き合おう。

友人が「あまり被災者の気持ちに寄り添うと、震災うつになるから気をつけて」と言ってくれた。
そうね、それは気をつけなくてはいけない。
でも、たぶんわたしは大丈夫。
大丈夫な範囲で向き合おう。


そんな日々の心をささえてくれるのは、やはり命あるもの。
一番近くにいる夫とネコや魚と植物たち。
ベランダで花をいじってると、元気になるのですよね、不思議なことに。

だからよけいに、そんなふうに人間を助けてくれる動物たちや地球の生き物たちみんなが、安心して暮らせる場所でなければならないと、また強い気持ちがわいてきます。









☆先日の日記で書いた、「Free Pets からの緊急提言」、たぶんこの日記を見て賛同人となってくださった方もいるようです。知っている方の名前を見つけてうれしくなりました。
ありがとうございます。(わたしがお礼を言うのは変かしら?)
現在、6000人近くが賛同されているようです。
そして、そのサイトに、ペットを避難させる状況がどうなってきたか・・・などのニュースが載せられています。
そして、そこにはこう記されています。

「どうか本日よりご賛同人の一人として、最後の一匹が助かるまで、国の対応に目を注ぎ続け、一人でも多くの方にこの現状を知っていただくよう働きかけをお願いいたします。」

賛同なさった方は、最後まで現状を見続け、発信しましょう。
思い続けるって、たいへんなことですけどね。






| ちょっと思うこと | 19:02 | - | - | pookmark |
自分の無力
毎日いろんなことをものすごく考える、こんなの45年半の人生で初めてかもしれない。
知恵熱でそうですよ。

福島で起こっていることや原発のこと、日本のこれからのこと、無関心でいれば、それはそれで今まで通り楽に生活できるのかもしれない。
そうすれば何もかわらずに、楽しい映画を観たり、絵本やネコのことだけ考えていられるのかもしれない。

でも、そうはいかないのですよ。
見て見ないふりはできないし、もう普通ではないできごとひとつひとつに、自分はどう思うのか、どういう意見を持ってるのか、はっきりしたいと思う。
何に対しても賛成か反対か、ふたつの意見があるのはあたりまえかもしれないけれど、『どっちでもいいよ』や『よくわからない』は、大人として選びたくない。


などと、決意して、できるだけ自分の意見を言おう、はっきりしようと思うけれど、実際に何かを変えたり誰かを救うために、直接自分の力でどうにかすることはできない。

『わたしは今、こんなに自分の部屋にこもって仕事ばかりしていていいのかなあ』と、落ち込むこともある。
被災地に行って、何かできることがあるならば、行きたい・・とも思う。
でも、仕事や生活をほったらかしにして、行けないのが現実。
きっとそういう方が多いと思う。


今日一番のショックなできごと。
原発の「警戒区域」が設定表明され、20キロ圏内には立ち入り禁止となる。
→22日の0時になると決定したようです。


人間の命を守ることが優先されたこの表明は、まだ保護されていない動物たち、家畜たちを見捨てることになる。
保護活動をなさっていた方々や、救えないのなら家畜たちにせめて安楽死を…と活動なさっている獣医さんたちも、入れなくなる。
なんとか、活動をされている方々だけでも、もうしばらく入れるようにしてもらいたい。
人間以外の命の行方を見届けてから、封鎖してほしい。
でも、わたしはそう願い、願いをたくすしかできずに、落ち込むのです。
どうしたらいいのだろう。
原子力安全保安院や、福島の自治体に、意見を送れば少しは役立つだろうか。

はあ、ちょっと愚痴ですねえ。すみません。


せめて、動物たちを守ろうと奮闘している方々のことを知ってほしいので、活動なさっている獣医さんのブログをリンク。




とにかく、悲しい現実や面倒なことから、目を背けることだけは避けようと思います。
そして、どう思うかを伝えること。
それが、まずはできること。







| ちょっと思うこと | 23:14 | - | - | pookmark |
『スイミー』に学ぶ
ここのところずっと、いろんなことを考えては、悔しくなったり悲しくなる。

先日の日記にも書いたが、いままで無知だった原発というものについて、いろんな方の話を聞いたり、原発をテーマにしている映画を観て、どんなに恐ろしいものかをどんどん知ってくる。
そして、やはり日本からなくすべきものだと思う。

でも、ここまで反対する方々が何十年にもわたって運動してきているのに、なくなるどころか増え続け、54基もあるのはどうしてなのか。
その向こう側には、どんな大きな力がうごめいているのだろうか。
それは、たちうちできないモノなのだろうか…そんなことを考えていると、へこんでくる。
日本の未来はどうなるんだろうかと、不安になる。


被災地で命を落とすペットたちや家畜たちの現実も、知れば知るほど悲しくなり、苦しくなる。
放射能レベルが高く、避難区域であるお家のネコたちが、やむを得ず家に残されたままになり、ずっと飼い主がごはんをあげに行くこともゆるされなかったため、多頭飼いの家では共食い状態になり死んでいる画像を見た。
我が家のルルさんとニヤ、コビーとチャイが、共食いすることを想像したら、胸がはりさけそうになる。
そこまで追い込んだのも、人間のせい。
原発の事故がなければ、こんなに長期間置いたままにしなくてもよかったはずだ。
人間の犠牲になるのは、何もいえない動物たち。
悔しい。


こんなことばかり考えていると、つらくなるけれど、間違っていることにはたちむかわなければいけない。
そのときに、絵本『スイミー』を思い出した。




ストーリーをご存じない方に、簡単に説明。

『スイミーはきょうだいの中で一匹だけ真っ黒で、他はみな赤かった。
ある日大きな魚がおそってきて、すばしっこいスイミー以外はのみこまれてしまった。
スイミーはこわくて、さみしくて、悲しかったけれど、ひとりで広い海を泳ぎ、いろんないきものたちに出会った。
はじめてみる美しいものにであった。
ある場所で、自分にそっくりの赤いさかなのきょうだいたちにであった。
でも、みんなは岩かげからでてこない。
「大きな魚に食べられてしまうから、いやだ」という。
「いつまでも、そこでじっとしてるわけにはいかないよ。なんとかかんがえなくちゃ」とスイミーはいう。
スイミーはいろいろ考えて、うんと考えた。
そして、思いつく。
「みんないっしょに泳いで、大きな魚のふりをしよう」と。
「けっして、はなればなれにならないこと。みんな持ち場をまもること」とスイミーはみんなにおしえ、一匹だけくろいスイミーがさかなの“目”になって、大きな魚の形になって泳ぐ。
そして、ホンモノの大きな魚を追い出した。』





『なんか、今、おかしいよね』と思うひとたちがたくさんいて、
そのみんながいっしょになって同じ方向へ動けば、いままでかなわなかったことを実現できるかもしれない。
スイミーのように、知恵をもった“目”になる人はきっともういるから、赤い小さな魚がいっぱいになればいい。

そう思うのです。

わたしも小さな赤いさかなの一匹に、なりたいなと思う。


☆原発反対の署名ができるサイト

☆『東北関東大震災、立ち入り禁止区域の動物救済のお願い』についてのブログ





| ちょっと思うこと | 21:45 | - | - | pookmark |
もうすぐ選挙
福島の原子力発電所で爆発が起こるまで、わたしは恥ずかしいことに、原子力発電について、全くの無知だった。
何も不便のない世の中で、のほほんと育って、ここまで生きてきた。
原発について、知ろうと思ったこともなかった。


今回爆発が起こってしばらくは、テレビやラジオのニュースを見ていて、ただ怖い怖いと思っていたが、「ただちに被害はない・・」という言葉を何度も聞くにつれ、なんかおかしいでしょ・・・と疑問をもち、余計に不安になった。

そもそも自分が無知なのが悪いと思い、できる範囲で原子力発電というものについて、調べた。
とはいっても、素人なので、きっとわかっていないこともたくさんある。
ただ、自分が信用できると思う人が発言していること、書かれていること、それを信じて自分なりに理解しようと努めている。

素人なりに、科学者でもなくただの一般市民なりに、それでも原発はどんなに危険なものなのか、これは必要ないものなんじゃなかということはわかってきた、というか、そう思ってきた。

かといって、電気は生きて行くには必要で、今まで必要以上使いすぎていたことは今回よくわかったけれど、ある程度は必要。
でも、原発以外の発電でも十分な電気を得ることができるんだと、これも恥ずかしながら今さら知った。
危険をおかして今まで通りの便利があるよりも、ちょっと不便なことがあったとしても安全で、地球の生き物みんなに迷惑をかけない方法がいいに決まっている。
きっと、その知識と技術を持った人たちががんばれば、それは実現する。


そんなことを、この半月以上、ぐるぐると考える。

じゃあわたしには、何ができるのだろうか。
科学者でもないし、技術者でもないし、政治家でもない。
発言力だって大きくない。

でも、こう考えてみた。
もしも、これが国という大きなものではなく、学校のクラスの問題だったとする。
文化祭でこういうことをやりましょう!と学級委員がある提案をしたとする。
でもそれは、だれかに危険を与える可能性があることだとする。
そのときに、やだなあ、やりたくないなあと思ったら、「やりたくない」と言わなければそのまま進行される。
わたし一人くらいだまっていても、誰かが言ってくれるだろうと全員が思っていると、学級委員の言うままに決まる。

わたし一人が・・・はだめだなあと、何日も考えて思った。


で、まず自分でもできること。
国の一部である都道府県を動かす知事、市長、その人が自分と同じように思っている人でいてほしい。
だから、原発について、これからのエネルギーについてどう考えているかをちゃんと知って票を投じることも、大切なこと。


おおげさかもしれないけれど、今の子どもたちが安全に暮らせる未来のために、大人はできるだけのことをしなくてはいけない。
今まで無知で、そんなこと何も考えずに選挙に行っていた自分にも、こうなってしまった責任はあるんだなあと、思う。


週末の統一地方選挙、このサイトでの候補者のコメントをよく読んで、ちゃんと考えて投票しなくてはと思う。

●候補者のエネルギー政策について知れるサイト





| ちょっと思うこと | 21:49 | - | - | pookmark |
いい話
昨日、わたしが絵本作家をめざすまで務めていた会社の当時の上司に、約20年ぶりに会った。
キャラクターグッズや化粧雑貨などを製造・販売していた会社。
わたしは企画室で働いていた。
その元・上司は、わたしが退社する少し前に退社し、地元である北海道へ帰って居酒屋を開いた。突然である。
そして、13年そのお店を経営したあと、あっさりと閉店、不動産会社に入社して3年働き、その後自分で不動産会社を立ち上げた。すごい。

いつも元気で、熱い上司だった。
めんどくさいなあと思うことも正直少しはあったけれど、わたしはとても好きだった。
その元・上司から、1月末に突然電話がかかってきて、
「2月末に東京に行くことにしたから、みんなに会いたいんだ」と。

同じ企画室員として働いた仲間たちのほとんどはもう退社し、違う仕事をしていたり、自分で会社を立ち上げている。
年賀状だけのつながりの人もいるけれど、ほとんどのみなさんは、わたしが個展などを開くと来てくれて、退社後ずっと応援してくれている人ばかり。
いい人ばっかりなのですよ。
退社してから年月がたつほど、いい会社で働いていたなあとよく思う。
そして、いい人たちに囲まれていたと。

で、そのみなさんに声をかける役がわたしだったのであるが、思ったよりも大人数が集まった。
元・上司のお人柄に集まったのでしょう。

元・上司はもう60歳を超えているけれど、以前と変わらず熱く語ってくれた。
自分が会社をやめてからの話も。
その中で、わたしが感動し、心に残ったいい話をひとつ。

「なんの経験もない新しい仕事を始めるのはおもしろいよ。
居酒屋開く時だって、ネギさえ切ったことなかったんだから。
何年も修行していい腕を持っている人には勝てるはずがない。
だから、自分に出来ることでお客さんを喜ばせる方法を考えるんだよ。
それに、初めてのことを始める時は、躊躇なくまわりになんでも聞けるから、いいぞ。」
このような言葉。

どうやらこの方は、死ぬまでにもう一回また別の仕事をしたいとたくらんでいるようだった。

なんだか、刺激をいただいた。
元気も、勇気もいただいた。
人生、最後の時を迎えるまで、こういう気持ちでありたい。
歳をとったらとったで、出来なくなってくることも出てくんだろうけれど、その中で自分にできる、人生を楽しむ方法を考え、選んでいけたらいいなあ。
仕事としてだけではなく、人として、1日をいかに楽しむか。
70、80歳を越えても、新しいことに挑戦出来るそんなおばあちゃんであれたらいいなあと思う。
(まだ先ですがね)
例えば、もうよぼよぼで遠くまで出かけられないけれど、庭にさく花を観察して、観察日記をつけるとか、押し花をつくったり、小鳥の餌台を作って設置して、野鳥が来るのを毎日楽しみに待ったり・・・ああ、老後の妄想は広がる・・・。



今は、いまできることを、毎日前だけ向いてがんばろう。
振り返ったり、思い出が宝もの、と思う生き方はしたくない。



| ちょっと思うこと | 23:28 | - | - | pookmark |
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